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近親姦虐待の被害当事者たちがつながり・語り・学び合うためのセルフヘルプ・グループです。

短編集コラム

「少女Kの隠れた犯罪~ある子どもの罪と罰~」(3)

(2)からのつづき
*フラッシュバックを起こす可能性のある分が含まれています。

ある朝、少女Kの全身は凍りついた。
注意深く自室にしまったはずの農薬の容器が、窓枠に置かれていたからだ。
容器を動かしたのは両親だ。
故意に少女Kの目に入るよう置いたのだ。
両親は不定期に行う少女Kへの”所持品検査”を今も行っていたのだ。
検査中に農薬を発見したのだろう。

両親の尋問に向けて、少女Kは応答のシュミレーションを繰り返した。
ものすごい恐怖心と同時に冷たい怒りも湧いてくる。
恐怖心は少女Kの思考を凍らせるが、冷たい怒りは思考回路を早く回転させる。
計画と実行の原動力だ。

両親による少女Kへの尋問はすぐに始まった。

「何の目的でいつどこで誰から農薬を購入したのか?あるいは盗んだのか?」
ペットの突然死との関連にも両親の尋問は及んでゆく。
少女Kは、すぐに植物栽培の為に購入したのだと答えた。
花屋で種や球根を購入し水栽培や小さな鉢植えを作っていたからだ。
大して育たないうちに次々と枯れていったが、栽培はやめていなかった。

シュミレーションした甲斐があった。
もっともらしい答えだった。
だが少女Kを長らく見てきた両親は諦めなかった。
小さな植物に使うには量が多すぎないか?
自分で飲んだのではないのか?
家族の食事に混入したのではないのか?
ペットが突然死したが何か関係があるのではないのか・・・・?
両親は追及してきた。
少女Kはチャンスを逃さなかった。
「そんなわけないでしょ。自分でこんなの飲んだら死んでるよ。」と、即答した。
家族の食事に混入したことについては、笑い飛ばしてとぼけた。
ペットの突然死に関しても冷静に回答した。
「だいたいどうやってペットに飲ませるの?死んだペット以外のやつは元気なのに?」
少女Kは実験を一匹に集中させ、残りを生かしておいたことを引き合いに出したのだ。
両親は引き下がるしかなかった。
少女Kを怪しみつつ“証拠”は何一つないからだ。

少女Kは内心こう考えていた。
“少々入ったって大丈夫に決まってるじゃない。あんた達がピンピンしてるのが何よりの証拠だよ”
少女Kは穏やかで落ち着いていた。
また計画を練ってやる。行動に移してやる。
少女Kはまんまと逃げおおせたことに満足していた。
家族三人の命を握っているのは気分が良かった。

少女Kの一家には夏の恒例行事があった。
家族で泊りがけの海水浴に出かけることだ。
その年もやはり行われたが、いくつかの変化があった。
変化は少女Kを不穏にした。
そして失意のどん底に叩き落すには十分だった。

少女Kは旅先で“家族入浴”と称した家族四人の混浴を強要されたのだ。
あれ程、父親との入浴を拒否したにも関わらず、また繰り返される。
家族、家族、家族。
また家族という単語が入り込んでくる。
少女Kは嫌悪と憎悪を感じた。
どす黒い感情は言語にならない程、大きく膨れ上がっていた。
“家族入浴”は最悪だった。
母親と妹はさっさと風呂から上がり、浴場に少女Kは父親と取り残されてしまった。

旅行前、母親は少女Kに「生理を少しだけ遅らせる薬」と称して経口避妊薬を勧めていた。
だが行きつけの内科医から処方されなかったらしい。
母親は少女Kにしつこく生理日を聞いた。
少女Kはウンザリしていた。
少女Kには安全日という知識を頭の中から締め出していた。
少女Kは同級生の女子たちから、自分の生理予定日も計算できないと馬鹿にされていた。
拒否するあまり、生理用ナプキンを度々保健室や同級生から借りる有様だった。
無視していれば生理も入浴も父親のことも、全て無くなると思い込もうとしていた。
少女Kは現実を拒否していた。

湯船に入っていた父親が、自分の膝に乗る様にと少女Kの手を引っ張り始めた。
完全に勃起した父親の性器を目にして、何が目的なのか少女Kは本能的に悟った。
生理、性行為、妊娠、強姦、堕胎、輪姦、暴力。
締め出していたパズルが頭の中で型を成してゆく。

少女Kは父親をきっぱり拒絶した。
父親の目が脅迫の色を帯び始め、力ずくで浴槽に引っ張り込もうとした。
少女Kは大声で断固とした口調で拒絶を連呼した。
言葉の意味など考えない。
ひたすら拒否を表す言葉を吐き続けた。
あまりの大声に母親が浴場のガラス戸を開けて少女Kを怒鳴った。
「外に聞こえるじゃないの!」
母親は、旅館宿泊客や従業員に声が聞こえることを危ぶんだのだ。
父親は我に返り、他人の目を気にし始めた。
少女Kは失望した。
そして悟った。
全ては両親の事前計画通りだったのだ。
性的接触の強要は、両親の趣向の問題ではなく少女Kに対する制裁だ。
いつもの様に無表情のまま、少女Kも浴場を後にした。
少女Kは体の中が砂で一杯になってゆく様な気持ちになった。

母親の読み通り、少女Kは旅行中に生理になった。
海水浴ができないので、少女Kは一人で旅館に残った。
生理になったのだから、入浴は一人で行えると考えると少し気が楽になった。
若い男性数人が一人で居る少女Kに話しかけようとしたが、断念した様子だ。
少女Kの異様な雰囲気に話しかけられなかったのだろう。

旅館でごろごろしながら、少女Kは回想していた。
幼少時、性器の痛みの為に排泄がどれ程困難だったことか。
口に大人の性器を押し込まれた異物感がとれず、食べ物の摂取時の反射嘔吐にどれ程苦しんだか。
両親の自分への対応の不可解さ、違和感、崩壊して接点が持てなくなるばかりの外の世界と人々。
言葉に起こすことは出来なくても、バラバラだったピースがまた繋がり始めていた。

小学生の頃、同級生の男子が少女Kに浴びせた、下卑た言葉を思い出す。
売春婦、プレイガール、公衆便所、汚物。
当時、母親がのめり込んでいた宗教の仏壇に手を合わせて、少女Kはよくお願い事をしていた。
「大きくなったら、立派なバイシュンフになれますように!」
両親も、同級生も、教師も、周囲の大人たちも、少女Kを知る全ての人達はきっと喜んでくれる。
皆の期待に応えられる子どもであることを証明したい。認められたい。賞賛されたい。受け入れられたい。
きっと皆が自分を見直してくれるだろう。
本当は良い子なのだと認識を改めてくれるだろう。
売春婦少女Kに皆が向けてくれる笑顔と、心地よい世界を想像していた。
“売春婦“、“売笑婦”。
春と笑顔を売るのだ。
少女Kは字面で言葉を判断していた。
こんなに優しそうな響きのいい仕事に将来、就けますように。
少女Kは自分と皆の幸せがそこにあると思い込んでいた。

少女Kは狂った回想から現実に戻る。

家族全員、皆殺しにするにはどうしたらいいだろうか?
少女Kにとって家族の殺害方法を考えるのは、楽しい現実の時間だった。

つづく

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