SIAb.PROJECT

近親姦虐待トラウマからの回復と成長を語り・学び合うプロジェクト

ヒラケトビラコラム

「キラキラ」への変身を話し終えて

(この文は、2010年4月のJUSTフォーラムで登壇した感想を書いたものです。)

 まず、この度は、急きょ『○—○をつなごう』という○○Kの番組のカメラ取材が入ることになり、スタッフの皆さんにはいろいろとご配慮頂きありがとうございまいした。また、ご来場の皆様にはご来場のみなさまにはご了解頂きありがとうございました。

 今回の取材は、性暴力被害の特集を見た感想を番組のホームページに送ったことからお話がありました。私は兼ねてから、近親姦虐待の被害者として苦しみや悩み、また回復に向けての方法などを、同じような被害にあった方達に伝えたいという思いがありました。そして、偶然にも、昨年暮れから“性虐待被害”について新聞や雑誌、テレビ等の取材が重なることになりました。

 ですが、それらに取り組み出してから、また暴飲暴食が復活、胃炎も発症し、もがき苦しむことになりました。何か自分の中にもの凄い違和感が湧き上がっていたのです。

 その頃、たびたび頭に浮かんできた言葉は、自分を非難する言葉ばかりでした。『きれいごとばかり言って』『嘘臭い』『いい人になりすぎている』『利用しただけのくせに』などなど。それは私が原家族にぶつけた言葉そのものでした。

 多分それは、『性虐待被害者の体験談を通して同じ被害者の力になればと思って』と言っている自分の中に、『こんなにがんばって生きているのに みんなわかってない』『私は苦労したからもっと幸せになる権利がある』という思いもあったからです。それと、原家族たちへの怒りから『世間に全てを暴露してやる』という思いもあったからです。

 利他主義の振りをした超利己主義の私がいること。そして、原家族がしてきた『欺く』ということを、私自身もしてきたことに気づいたからなのです。

 それを気付かせてくれたのは夫です。仕事も二人だけなので、四六時中顔を合わせているので、彼は私の表と裏を嫌というほど知っています。違和感に苦しみアルコールに逃げる私を見て、彼は無意識のうちに、私そのものを写していました。ある日、私の倍以上の速さでアルコールを飲み、「お前はそんなにエライのか!!」「何様のつもりなんだよ!」と絡んできたのです。私自身が自分に言っている言葉でした。そして、その時私が泣きながら叫んでいた言葉は、「あぁ〜面倒臭い!!他人に気を使って、親に気を使って、客に気を使って、アンタに気を使って、私の人生いったい何なのよ!!」「あ〜面倒臭い!だから人間なんて大嫌いなんだよ!!」

 結局、私はエゴイストそのもの。私は自分を愛してもらいたい、嫌われたくない、何も失いたくない。その為に、自分自身を守る為に、正当化する為に、神経を使っていたのです。そんな状態から逃げ出したくて、自由気ままに、他人のことなど考えずに生きていられた子どもに戻りたがっていたのです。

 そして、どう足掻いても成人した自分としてしか評価されないと感じたとき、他人に責任転嫁をできなくて、自分自身で責任を受け止めるしかないと追い込まれた時、切り札として『性虐待被害者』という一枚を取り出したのです。

 『性被害を受けたかわいそうな傷ついた人』になったのです。このカードはこれまでに何回か使ったことがありました。中学の時、シンナーで補導されて更正施設送りを免れる為に一度。そして、自分の店をオープンした後、夫やお客さんから自分の思うような評価が得られなかった時、クリニックへ逃げ込む為の一枚として。

 シェアをして回復していく途中で、少しずつ、その自分のズルさに気づいて、漠然と心の中に存在指定ましたが、言葉で表現することができずに苦しんでいました。ですが、今回のフォーラムで、仲間や主治医のコメントなどを聞いているうちにまとまりがついて、デイスカッションの最後の方にいっきに口から飛び出しました。対人恐怖の何たるかが理解できて、それを足掛かりに紐解けたようでした。

 振り返って思うのは、被害者としての怒りや苦しみを言葉にできたこそ、自分の愚かさに気付けたのだということです。私がこうして、それに気付くまでには、長い時間と、怒りをまず出し切るということが必要でした。怒りを出しながら、子どもから大人になるまでに身につけ損ねたものを、先生の言葉や仲間のシェアから吸収してきたからこそ、現在の私に辿り着けたのだと思います。

 それを助けて下さったのは、いちばん身近で耐えてくれた夫と、私の「健全さと強さ」を信じて下さった主治医と、クリニックのスタッフのみなさま、仲間達、そしてこれから一緒に歩んでいくJUSTの仲間達のおかげです。

 確かに私は被害者でした。被害者としての後遺症は少し残っています。でも、被害の傘に隠れて生きるのはもう嫌です。自分の今まで生き抜いてきた強さを信じていこうと思います。肩の力を抜いて、あるがままに、無理をしないで、ちょっとだけがんばって生きていけたらと思っています。そして、経験を活かして、私のできる範囲でJUSTのお手伝いをしていけたらと思います。

JUST通信 第59号 2010年5月1日発行 から抜粋

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