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近親姦虐待の被害当事者たちがつながり・語り・学び合うためのセルフヘルプ・グループです。

ヒラケトビラコラム

学問のおすすめVol.6

このシリーズは、2011年夏頃から10回に渡って、あるNPO法人の会報に寄稿した体験談を、再編して掲載しています。

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前回の後半に書いた『自傷行為』をした原因を、あれこれ考えてみました。

夫に対しては『あ~だこ~だと私を批判することを止めろ!何があっても私を見捨てるな!!』という威しを込めた、そして、S先生対しては、『先生に褒めてもらいたくてここまで頑張ったのにいつになったら抱きしめて い~子い~子と頭を撫でてくれるのよ!!』という駄々っ子のような欲求を込めた行動だったようなに思えてきています。

でも、理由なんて関係ない。後付け…
その衝動行動を止められなかった理由のほうが問題。
そんなこことをシェアした。

S先生には「とにかく酒、飲みすぎだよ。」

と、またひと言。

そうそう。飲み過ぎてさえいなければ、ストップがかけられたのです。

『湧いてくる感情に責任を持つな 感情は涙やあくびのようなもの 出す場所とタイミングと相手を間違わなければいい』

名言も 泥酔すると 何処へやら… 

愚かな私は、店の営業中に、リストバンドで傷を隠し、理由を聞かれ『ポットの蒸気で火傷しました』と嘘をつく度に「バカな事をした」と悔やみつつ、酒を飲むたびに「飲みすぎ注意」と思いつつ・・・

でも… ♪わかっちゃいるけど 止められない🎵 そんな歌もある…
あぁ… なんでワインは美味しいのでしょう…

ところで、ギリシャでのトップレスのお話しが途中でした。
ホテルのプールでトップレスに挑戦した私。

他のお客さん(西洋人)がそれをしていても無反応なのに、東洋人の、しかも子どものような顔の私が胸を出した途端に、周囲の視線がバッと集まり、しゅるしゅるしゅるぅ~・・・ 

『外国人のわき毛や陰毛って何色??』っていうような?好奇心の目が、その時、私の胸に集中したのでした。

せっかくなので、そのまま胸をプルプルさせながら泳いでもみましたが、地に足がついていないような、何とも落ちつかない感覚で、『全き自由』というのも、そうそう気持ちいいことばかりではないものなんだなぁと…

何事も、ある程度の締め付けの中で、「自由になったら・・・」と考えていた頃の方が、浪漫があるのではなかろうか?と悟った瞬間です。

とにかく、1年半の海外生活では『嘘でも教えてあげることが善』という考え方があったり、『とにかく自己主張したものが勝ち』という考えがあったり、一歩、日本を出ると、今までの常識がひっくり返る、の連続で、自分の中の「ものさし」が大きく変わっていきました。 

帰国後は、なぜだか「私海外で生活してたのよぉ~。」という意味不明の自信がつき、何でもできちゃうような気分になっていました。

そんな私達の鼻を折ったのが、その後働く職場のオーナーや上司達でした。

それまで、職場ではどこでも「最年少扱い」「新人扱い」で過ごせていた私は、24歳になっていて、職場には年下の子たちも出現し、すべてが誤魔化しがきかない状態になってきました。

フランス語も独学で習得しただけなので、寿司ネタは完璧に言えるけれども旅行に必要な会話に毛が生えたくらいしかできないし、突き詰めて勉強した分野もなければ、高校や専門学校で身に着けたワープロや電算もWindowsの登場ですでに死語になっていました。

何ももたない自分に気づいてしまうと、相手の粗を探すようになっていました。
他人の失敗を見つけてはそれを声高にとりあげたり、改善策を捻り出しては、自分勝手に事をすすめたりと、どこの職場でも空気を乱していました。

夫も(帰国後に入籍をしました)、同じような状態になっていました。

そして、耐えかねたそれぞれの上司やオーナーたちから、キツイひと言をわれたのでした。

「生意気なんだよ。そんなに自分勝手にやりたければ、自分で店をつくってやれ!」

悔しかった…
言い返せない自分が、情けなかった…

その時、あの怒りが湧き上がりじめていました。
「何も知らないくせに…」

この怒りが私を奮い立たせたのかもしれません。

そして、私達は自分たちの店を造ろうと決心したのでした。

2012.05頃(K)

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