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近親姦虐待の被害当事者たちがつながり・語り・学び合うためのセルフヘルプ・グループです。

ヒラケトビラコラム

学問のおすすめVol.9

このシリーズは、2011年夏頃から10回に渡って、あるNPO法人の会報に寄稿した体験談を、再編して掲載しています。

🚩文中に性的な描写や被害体験についての記述が多くあります。フラッシュバックにご注意ください。
なお、これは個人的な回想録です。近親姦虐待被害の当事者の声を代弁したものでも、これが標準的な事例だと言いたいわけでもありません。

🚩近親姦虐待被害当事者の被害体験や後遺症などは、それぞれの被害の状況、生育歴、時代背景、地域性などなどが複雑に絡み合っているので、ひと括りにすることはできません。

***

このとあるNPO法人通信の原稿締め切りの日を過ぎて、かなり追い込まれながら「何を書いたらいいんだっぁ~!」と悩みつつ、事務局のサロンに集まった仲間と話しをしていました。

で、ひょんなことから、最近の“ラブホテル事情”の話になり(どんな話からなんだ!!)、私の若かりし頃の“渋谷の道玄坂のラブホ制覇”の話しなどをして盛り上がっていました。

私が1820歳のころ、現在の夫である“彼”が、都内で働き寮生活をしていた頃。
私はまだ高校生で、平日アルバイトで稼いだ金で、毎週、彼の休みの日に都内まで彼に会いに来ていました。
いわゆる遠距離恋愛 ♡をしていた頃のお話しです。

その頃の私は、花も恥じらう乙女の18歳??
まだまだ今と違って、彼に会って、抱きしめられて、ギュ~っとしてもらいたくって、そのことだけで頭がいっぱいでした。

ところが、彼はその時、漫画「タイガーマスク」の悪役レスラー養成機関『虎の穴』のような過酷な仕事場で、殴られ蹴られ、虐められ、心身共に疲れ切り、できれば休みの日は一日中寝ていたい・・・そんな悲惨な状態でした。

で、2人が行きつくところといえば ラブホ♪

でも、彼の給料は手取り7万円。贅沢はできません。
足を棒にしながら、安くて、清潔で、カワユイ、しかも最低価格のお部屋を探し回りました!!

時代はバブルの真っ最中。
カラオケ付きの部屋や、壁がガラスでできたプール付きや、ウォーターベット仕様などなど、趣向を凝らしたお部屋がたくさんできていましたが、貧乏な私たちは、ごくノーマルなやすい部屋。
「あの部屋で過ごせたら・・・」などと空想の世界に浸りながら、時間を過ごしたものです。

ところで、仲間とそんなラブホの話をしていたら、ある光景が頭に浮かんできました。

それは私が10歳の頃、“11PM”という、大人向けの番組でラブホなるものが紹介された時のものだと思います。(山本晋也監督がリポートしてたかな?)

当時、ラブホの帝王と言われていた目◯エンペラーの「滑り台付きお風呂」が紹介された時の、小さな私がテレビに向かって無表情で固まって見ていた光景です。

私は、そのテレビの映像を、父と母の間に挟まれて布団の中で見ています。

当時、すでに、兄から性虐待を受けていて、父からも性虐待を受け始めていた頃。
エロ本なども見せられていたので、そのような所ではどんなことが行われているか、ラブホがどんなモノかもだいたい知っていました。
家の近所にも、離れ家式のラブホもでき始めていて、友人の家族か管理人もしていたこともあって、遊びに行った時に中を覗いたりもしていました。

ただ、その滑り台がどのように使われているのかは想像がつかず、興味深々に見ていた覚えがあります。

その番組では、バニーガールが出たり、時には薬物中毒のことを取り上げたり、ヤクザな世界のことや、セックス産業の話題などなどをを取材したり、浮気やら不倫やら、それによって起こったドロドロした愛憎劇などが、軽快な音楽と語り口で取り上げられ、コメンテーターの方たち、その頃は、大橋巨泉さんや、先ごろ亡くなった藤本義一さんたちが冷静にコメントしていたように、子どもながらに感じていました。

私はといえば、「子どもにこんなもの見せちゃ・・・」と思っているであろう母親と、そっち方面が大好きな父親の間で、両親の間に漂う、なんともいえない妙な雰囲気にちょっとドキドキしながらい寝たふりをして、薄目を開けたり、無表情・無関心を装い、時には「何の事だか子どもだからわかんな~い。」ってな顔をして、じっくり観ていました。

漠然とですが、あの番組で、「世の中を知ってしまっていた」ことが、逆に私に生きる知恵を与えてくれていたのでは?と思えるのです。

もちろんそれが全てではない、正解ではないとは思うのですが…

ニュースのような表面的なものではなくて、その裏に、世の中には、悲惨な生い立ちがあったり、愛憎ドロドロ劇があったり、エロがあったり、愛があったり、行き違いがあったり、人生ぐちゃぐちゃで、でも、そんなもんさ…的な…

そんな世の中の出来事を、哲学的で、冷静な、笑いあり、怒りあり、嘲笑ありのコメントを突っ込んで、人間的な見方をさせてくれる番組だったのでは?と、あの頃の私に代わって、書かせていただきました。

2012年11月頃(K)

***追記***

迷走中…逃げだしたい気分…そんな状態で書いた文だったと思います。
目的を見失って、何を信じていいかわからない状態…

ここに、いろいろと追い込まれていて、投げやりな状態で…笑いをとって、誤魔化して、自分自信を傷つけようとしている自分がいます。

なんでも曝け出せばいいってものじゃない。
それを知る前でもありました。

読み返すたびに、赤面して、悲しくなって、消したくなります。
でも、これも私の一部…
ここを通過して、今の私がいるから。

2020年10月(K)

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