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近親者からの性的虐待の被害当事者たちがつながり・語り・学び合うためのセルフヘルプ・グループです。

短編集コラム

両親への手紙(1通目)

(2009.04.09 出さなかった手紙の1通目です。)

先日の親子面談の後、かなり苦しんで、やっと心が落ち着いてきました。
やっと、手紙にして気持ちが伝えられそうです。

先日の親子面談(1月13日 主治医・父・母・私)、ありがとう。

3月11日(水)の親子面談(主治医・母・私)の後、E駅で2人で食事をしました。
その時、「けいこからのメールは、楽しいのは残しておいて、辛いのはすぐ消しちゃうの」と軽くいっていました。

私は、後になって気づくのですが、この言葉にひどく傷ついていました。

 “消しちゃう” ということが “聞かなかったことにする” “考えたくない” という意味にしか、とらえられなかったのだと思います。
多分、そんなことは意識しないで言っていたと思うのですが、私にはそう受けとめるしかなかったのが事実です。

多分、今までのお母ちゃんから言われた “傷ついた一言” もそうだったのでしょう。
お母ちゃんにはたいしたことのないただの “つぶやき” が、“私を傷つけるひと言“ になってたのです。

あの面談中のお母ちゃんから出る “空気” が、私には全部 “つくりもの” “演技” にしか見えなかったのも事実です。

お母ちゃんが
《どうしたらけいこに怒られたり、責めたりされずになるか》
《先生に、これ以上質問されたり、過去のことを引っ張り出されずにすむか》
《早くこの問題を、けいこに終えさせるにはどうしたらいいか》
と、考えに考えた上で、親子面談ももちかけて、準備万端で挑んだという感じがしました。

私が震えているのにやっと気づいて、伸ばしてきた手も、恐ろしく感じて 《ほら、こんなに心配しているのよ。わかるでしょ》 と言っているようでした。

あの日の夜は、お母ちゃんから話しが出るまで忘れていたことを想い出して、震えていました。
「高校を辞めて働く」と言った私を、髪の毛をつかんでふりまわしたり、蹴ったり、殴ったりしたあと、泣き叫んでいたお母ちゃんのことを、無条件降伏といった感じで見ていた私のことを想い出しました。

私には、《悔しい!! 私がどんな思いであんた達を育てたかわかってんの!お前なんかに私の苦労や気持ちがわかるか!ふざけるな》と言ってるように聞こえました。

私はその時、《もう あなたの好きなようにしてよ》と、あきらめたんだと思います。

あの時のお母ちゃんの顔は、怒ってました。
心と顔が一致してました。
いつも見てた横顔は、冷たくて、淋しそうで《私なんかが責めてはいけない》と思わせる何かがありました。

小さい頃からそうでした。
どこか近づきにくくて、怖かった。
でも、淋しそうで、かわいそうで置いていけない感じがあった。

そんなことを考えたりしていたら、体が変になって、フラッシュバックや悪夢が続いて、薬なしではいられなくなっていきました。
仕事もうわの空で、クリニックでそのことを話したら、先生に少し注意されました。
先生は、怒るというか心配してくれました。

私は、いろいろ悩んで、N先生に当時のことを聞こうと思って電話しました。
すぐにN先生は私のことを思い出してくれました。
でも、お母ちゃんが言ってた「職員室に呼び出されて、N先生に怒られた」ということを話したら、「ごめんなさい。覚えてない。」と言われました。

それよりも、私がお父ちゃんから性ぎゃくたいにあって、(生活指導の)A先生にそのことを話したことについても、「そんなことがあったんだ・・・」と言ってました。

私には、いったい何が本当で、何がウソなのかわからなくなりました。

次の日、私はN先生に、あの当時のことを手紙に書いて、迷惑をかけたりK先生(だんなさん)をひどく傷つけたことも謝り、もし、何か想い出したら教えて欲しいと書いて送りました。
あと、今、S町の小学校の先生をやっているとのことなので、私のような子がいたら『相談できる機関があるので』と、“子どもの虐待防止センター”のバンフレットを同封しました。

私は、まだあの時、大人たちの間で何が話されたか知りません。
何で、あの時、誰も私に話を聞いてこなかったのかが不思議です。
誰も、私が何をされて、どう傷ついて、どうして欲しいのか聞いてくれず、 “なかったこと” のように、口を閉ざして、ただ騒がれるのを恐れていただけ。

そして、それがずっと続いて、私の中で最悪の思い出となってずっと心にとどまっていた。

あの時、私は誰かに心の中を全部吐き出したかったのに、その機会を与えてもらえなかった。

「頼むから何も言わないで」と言われているようだった。
「お願い、何も失いたくないの」と言われてるようだった。

3月24日から一週間は、体が言うことを聞いてくれなくなったようだった。
働くのが精一杯で、何も考えられなくなってた。
熱はないのに、頭部だけ熱くて、寒気がして、体中が痛くて、お腹はいつも張っていて痛くて、頭痛もひどくて、まるで小学校の頃のようだった。

それでわかったの

私はあの頃、体全部で表現したんだって。
「嫌なことをされてるの。体がおかしいの。助けて」って言ってたんだって。
何かがおかしいことを言えないから、体をつかって気づいてもらおうって心が叫んでたんだって。

そんなことを思い出したら、どんどん記憶がよみがえってきて、必死で耐えてきた自分を思い出した。

お母ちゃんが、お姉ちゃんを迎えに行ったり買い物とかに行く時、「おいて行かないで」って叫びたいのに言えなくて、モジモジしていた私に、「はっきりしない子ね!ぐずぐずしてるならおいてくわよ!」と車で行ってしまう。
お母ちゃんとお姉ちゃんを、行った後泣き叫んで、部屋中のものを投げつけていた私や、怒りのぶつける所がなくて、無我夢中で部屋中を掃除する私。
家にいたくないから、いろんなスポーツをやっている私。
それでも気づいてもらえなくて、タバコを吸ったり、シンナーを吸って「ばかな奴ら」とあなた達を裏切って傷つけようとした私。
あきらめて 何も考えないようにした私。
人生を変えようとして、自分にも「なかったこと」と言い聞かせて、仲の良い家族を演じてきた私。
それまでの自分のがまんを、無駄にしないように、わざと仲の良い家族を強調した私。

でも、そうやって怒りをバネにつくり上げた私の城で、何もなかったような顔で、楽しそうに過ごすお母ちゃんを見るのが、赦せなかった。
私の不幸を、悔しさを、傷ついた心を、叫びを、無視し続けてきたお母ちゃんが、私のつくり上げた城で、笑っているのが悔しかった。

その気持ちに気づいて、全部受け止めたら、なんだか心が満ちたりた気分になったの。

 私はものすごく傷ついて、泣いて、悩んで、でもいつもがんばってきた。
それで、その悔しさをバネに、今、こんなに強く生きられているんだって思えたの。
心が晴れわたってきたんだよ。

3月31日にクリニックに行って、自分の話をした後、他の人の話を聞いて考えてみたら、今まで以上に、いろんな角度から“ひとつのできごと”を見られるようになっていたの。

私の目線から。お母ちゃんの目線から。お父ちゃん、お兄ちゃん、お姉ちゃんの目線から。
ひとつのことを見た場合、“こう考えていたんじゃないかな・・・”って考えられるようになってた。
例えば、私を置いてお姉ちゃんとでかけたり、どこかカラオケとかに行ってしまったりしたのも、お母ちゃんは自分の心を守るために無意識にそうしていたんじゃないのかなって思えるようになってた。

私が自分の心が壊れるのを防ぐのに、何も考えられないように体調を崩したように、心が体に無意識に働きかけたんじゃないかなって思えた。
お父ちゃんが私にしたことも、お父ちゃんが、お父ちゃんの心が、無意識に動かしてのもかもしれない。
もしかしたら、小さい頃に誰かに同じような目にあわされて、その怒りが何かの原因があって引き金になって動かしたのかもしれない。
お姉ちゃんも・・・お兄ちゃんも…

そして、みんなそれぞれの今の自分をつくり上げてきた。
その時々に、自分を守る為にいろんなことをしたり、考えたりして生きて、今がある。
そう思えたら「もういいや…」って思えたんだ。

私がこの問題をもち出して騒いだことによって、みんな、それぞれ悩んで苦しんだと思う。
真剣に考えてくれたと思う。
それでいいやって…。

 だからといって、お父ちゃんのしたことは犯罪です。

悪いことで、もし、本当に心から私達にもう一度謝りたいと思う日が来たら、そうして欲しいです。
今はまだ、うそをついたまま謝っているから。
どんなにとりつくろっても、心がともなっていない謝罪は、ぜんぜん心にひびきません。
おかしいくらい伝わってきます。

お父ちゃんのウソ。
情けないです。
そんな姿見るの。

私は、もうこれ以上傷つきくないので、必要がない限り、連絡をとらないつもりです。

お母ちゃんには、もうちょっと本心を見せてもらいたいです。
私とお姉ちゃんのように、姉妹であり、強い友情でつながっていたいのが本心です。

今、私には、クリニックで知り合った心の家族があります。
それぞれ、いろんな事で、傷ついて、悩んで、分かち合い、なぐさめ合って、信じられるようになった仲間です。
誠実に、自分の心を開いた人達は、本当に優しく、お互いを救いあえます。
それで、安心して心を育てて、強くなって、お互いを引っぱり合います。

お母ちゃんにも、そんな優しい人の心とふれ合ってもらいたいです。
ずっと一人でがんばってきたから、もういいんじゃないの?
もうそろそろ 自分に優しくしてあげなよ。

お姉ちゃんも、私も、いつでも話しを聞いてあげられるから、もっと心を開いて欲しいです。

 また連絡します。

 

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